頑張って・大丈夫|受け取る側と発する側の難しさ

頑張って・大丈夫|受け取る側と発する側の難しさ

言葉のとり方のむずかしさ

先日、西日本豪雨のニュースで、司会者がゲストに「被災者の方に何か一言お願いします」との言葉に、ゲストは「頑張って下さい」との言葉。

この言葉に私は、違和感を感じた。

突然のコメントを振られ、とっさに出た言葉だったかもしれないが、被災者の方は、目の前にある現実に対して、精神的、肉体的にも必死に頑張っている時、その「頑張ってください」の言葉を受け入れることが出来るのだろうか? と思った。

私も、過去に辛い時期があった。

いつも親身になって相談にのってくれた人がいて、その人に全て打ち明けていた。

毎日苦しくて苦しくてどうしようもない私に、頑張れとか大丈夫とかの言葉ではなく、今なすべきことをいつも助言してくれた。

先行きが見えなかった私にとって、励ましの言葉より、ひとつ一つ、前に進むべき方向を冷静に教えてくれたことがありがたかった。

でもあくまで進むのは自分。

苦しくて腰がたたなくなってしまうことも何度もあった。

ある時、いつもと同じようにその人に会って、帰ろうとした時に、私の後ろ姿に向かって「がんばれるよね!」のひと言。

私はとっさに振り返り、「はい。今まで何度も山を越えてきたから、頑張れます。」と笑っている自分がいた。

その時、私は心の中で何か吹っ切れた気持ちになったことを思い出す。

さらに今日、ネットで、斉藤工さんが広島でボランティアをしていたのを見た。

スタッフを連れてくるわけでもなく、マスクで顔を隠しての、本当に自分の気持ちで参加していたのだ。

このような行動で寄り添う形には、好感を持てた。

大丈夫と言う言葉の難しさ。

それから、あるニュースの記事を見て、過去に自分が経験したことが思い出された。

私が腎臓移植手術をした時のこと、予後があまり良くなくて不安な時、先生からの『大丈夫』という言葉が欲しくてたまらなかった時があった。

けれども当時の担当医師からはついに『大丈夫』という言葉はなかった。

それについて、ある医師側の思いが書き記してあったので紹介します。

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医者をやっていると、患者さんに「大丈夫ですよ!」と言うことは時々あります。

しかしこの医者が放つ「大丈夫」と言う言葉、どこまで信憑性があるのでしょうか。本当に、「大丈夫」なのでしょうか。

このテーマはとても話しづらいお話です。はじめに断っておきますが、ここからはあくまで私の本音です。ですから、他のドクターは別の意味で「大丈夫」という言葉をつかっている可能性はあります。

なお、私は大腸がんなどの手術を専門とする、38歳の外科の医者です。

医者が言うと威力があるが…

私を含む医者の多くは、医者の放つ「大丈夫!」という言葉に、どれほどの威力があるかを知っていると思います。

私の経験では、この言葉だけで、患者さんの痛みが半分以上減り、夜眠れるようになり、食事量が三割アップしたことがあるほどです。

それだけに、「大丈夫!」のようなマジックワードは、使い方が非常に難しいと私は考えています。

…中略

この問いには、毎回非常に悩まされます。目の前には、不安で胸をいっぱいにした患者さんの顔があります。

そして私をじっと見ています。少しでも不審な態度をとれば、何かしら伝わってしまうのです。

…中略

すべてを知ることは、ご本人の幸せか?

それからというもの、私は患者さんにとって「何が幸せか」「何が必要なのか」を熟考するようになりました。

「すべての情報をお伝えすることが、本当にその方にとっての幸せなのか」という疑問は常に持ち続けたいと考えています。

おそらく多くの医者にとって答えが出しづらい、難しいテーマでしょう。

最適な答えは患者さん一人一人によって、大きく違います。

中山祐次郎一介の外科医より抜粋。
https://news.yahoo.co.jp/byline/nakayamayujiro/20180715-00089446/

このように、患者側の思いと医師側の思いでは、それぞれの立場で若干のズレが生じる。

これは仕方がないことではあるけれど、患者にとっては、不安を払拭する言葉であるが、医師にとっては責任が生じる言葉でもあるわけである。

難しいことだが、相手を思う気持ちがあれば、どのような言葉であろうとも、言霊(ことだま)となって、いづれ必ず通じていくのではないかと思う。

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