災害に備えて…|今だからこそ思う透析患者としてのあり方

災害に備えて…|今だからこそ思う透析患者としてのあり方

透析中の地震にあって




7月31日の昨日、透析中に、地震があった。

ふと2011年の東日本大震災を思い出した。

沿岸地域に比べると、被害は少なかったが、それでも、停電と断水は続いた。

中でも大変だったのが、ガソリンだった。当時家から病院までは30キロの距離があって、ガソリンは必需品だった。

皆我先に、ガソリンを求め、あっという間になくなってしまった。

それからは、ガソリンが入った情報があると、朝5時前から並ぶ。それでも遅い方だった。

1台10リットル制限や、先着何人。並んでてもガソリンが入らない時もあった。レギュラー1リットル200円以上したスタンドもあった。

仕方がない。寒い中、手でハンドルを回してガソリンを入れてくれていたのだから。

時期は3月。まだ雪が降っていた。寒い。皆ダウンを来て、暖気せず、じっと待っていた。

あまりにもガソリンが手に入らず、交通機関もない。

思い切って、市役所に電話をかけて、病気の人や透析者患者などに優先にガソリンが入れられるよう、証明書を作成してもらえれないかと訴えたが、あまりいい返事がきけなかった。

当たり前だ。皆大変なのだから。

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あるガソリンスタンドでの出合い。

そこは、救急車や警察のみのガソリンスタンド。

そこに事情を話したら、障がい者手帳を見せてくれれば入れてあげるよ。と一言。ありがたかった。

その後、市役所から一通の手紙。障がい者手帳を持参している人のみ優先にガソリンを給油できる証明書が届いた。

その対応に感謝だった。でも、本当に緊急の時のみ使用した。

みんな大変だったから。障がい者だから優先は申し訳なく感じた。

透析も4時間のところ、3時間に調整された。

その間も、震度4クラスの地震は続いた。

他の病院からも何人かの透析患者が来ていた。

病院の脇には、水を供給するトラックがいつも横付けされていた。

透析は大量に水を使う。

電気もいつ供給されるか分からず、病院は自家発電で何とか日々を過ごしていた。

なにかもが恐怖だった。

病院では、災害対策として、ベッドの所に災害キットが置いてある。

その中には、チューブを切るハサミや、それを止める鉗子(かんし)、ガーゼ、テープとかが入っている。

災害の際は「自分で透析回路を切って、鉗子で止めて逃げて下さい」と。看護師から教えられた。

震災の3月11日は、病院ではなかったので、詳しい状況はわからなかったが、実際、冷静に対処できるのか不安だ。

当時、被災した方のインタビューの中で、たまたま透析患者の方で、「贅沢な話だが、配給される食べ物が、その時はバナナで、食べたいけど、カリウムが高いし、薬もないので、目の前にあるのに食べれなかった」と話をしていた。

このような災害がきた時に、一番犠牲になるのが、弱者である。

今回の西日本豪雨でも、透析が出来なくなって、他の病院に多数行ったことを聞いた。

避難所に行くことをためらった障がい者はかなりいたという。

障がい者の方で避難できなかった人は、約8割もいたという。

その理由は、その避難場所はバリアフリーに対応していなかったので、ためらったという。

そして、視覚障害の人は、避難場所まで遠く、歩いていくことが困難だった。

避難せよと情報が流れても、そこまでの道のりの安全性や、段差一つでも、かなりの負担だ。

ましてや、豪雨の中、地盤も不安定な所を車いすでの移動を考えると、危険だとわかっていても、家にとどまるしかないと思うのは当然かもしれない。

全ての人の声を聴いていくことは難しいことだが、避難所であっても、前もって、障がい者用の避難所も普段から確保していくことが大事だと思った。

災害はいつ来てもおかしくない。

普段からの災害に備える準備をしておくことが、いかに大切か身を持って感じた。

私は、家の中にはもちろんだが、外出した時の準備として、車の中に常に、着替えや水、食べ物、薬、懐中電灯など最低限のものは入れているようにした。

今こそ、他人事とせずに、我がことと捉え、きちんと災害に向き合っていきたい。

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