透析で生かされる感謝|生きている意味を知る

透析で生かされる感謝|生きている意味を知る

透析を始めた頃




30数年前にはじめて透析をし始めた私は、仕事をしながらの夜間透析で時間は5時間だったとおもう。

それから、ダイアライザー等の進歩で今は4時間になっているが、当時夕飯は仕出し屋から弁当をとっていた。

お茶は病院から夕食時間になると配ってくれた。

そして一部の人は食べ終わるとベッドの後ろに灰皿が置いてあり、一服しはじめるのだ。

その頃はなんとも思わなかったが、いまでは考えられないことであろう。

結構のひとがスパスパ吸っていたと思う。

分煙することもなく、(分煙は最近のことか。)ベッドの上で皆すっていたのだ。

その後、私は腎臓移植のため大学病院へと移ったため、いつから禁煙になったかはさだかではない。

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再び帰ってきたら何もかもかわっていた。

私が透析に戻ったときは病院も新しくなり、3〜4倍大きく変わっていた。もちろん禁煙である。

なんかあの頃はみな手探り状態で患者も食事制限とかいい加減なひとが多かったように思う。

例えば、畑で農作業をしていたある人は、昼になったから腹が減ったと、近くで育てていたメロンを2玉食べたそうだ。

しばらくすると、手足が痺れて来て、これはおかしいと、すぐに救急車を呼んでもらい病院にいったら、案の定、高カリウム血症であと少し遅かったら、心臓が止まっていたと・・・。

あと、一部の人は今日はちょっと食べすぎたから5時間のとこ5時間半ね。と患者が勝手に時間を決めていたこともあった。

しかし、あの頃の仲間はだいぶ少なくなってしまった。

でも、透析歴40年前後の人もまだ何人かいる。それぞれ何らかの痛みや病気をかかえている。

でもこうして生かしていただいているわけである。

身体は年々つらくはなるが、同時にここまで生かしていたたいた感謝も湧いてくるのだ。

みな、それぞれ何らかの使命があるというのが私の思いであり、それは、事の大小ではないが、それを成し遂げるため生かされているのかもしれないのである。

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