『今』を生きる

『今』を生きる

あるがままということ

物事をあるがままにみる。これが簡単なようでなかなか難しい。

なぜ難しいのか。それは、物事をあるがままに見ることを阻む、強力な第七識(末那識)の壁があるから。

過去に経験したことやその記憶の積み重ねに我々は影響をうけてしまう。 

そして人は誰しも、先入観といういろメガネを通して物事を見ているから、あるがままに見ることができないのである。

そして、それを繰り返していると、それがあたりまえになってしまうのである。

第七識は過去のいろいろな
知識や経験、トラウマなども積み重なっているといわれる。

クリシュナムルティによれば、あるがままに見ることを阻む障壁は、過去の記憶だけではなく、未来への希望もまた、障壁だといっている。

『今』しかない

禅などでも雲門禅師の
「日日是れ好日」について、

「日々一刻が最高にして最上の時であり、かけがえのない今」であるという意味らしい。

「いま、この瞬間が全て」でないといけないのだ。

さらにクリシュナムルティは「時間」というのは物質界特有の観念であり。

この観念を持ち込んだ途端、物質界の破壊的な混沌が、精神の領域にもたらされるのだそうだ。

もし時間がなかったら、人は何の恐怖も抱かないでしょう。それがお分かりでしょうか?

もしも明日がなく、今だけしかなかったら、思考の運動としての恐怖は終わるのです。

「今」に集中するのだ。
過去も未来もないのである。

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