なんで大阪のおばちゃんは派手なの?|チコちゃんより

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なんで大阪のおばちゃんは派手なの?

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大坂女性が好んだ華やかさ派手さは、人を喜ばせたいということがわかって、最後にある、「楽しませて笑顔に、その笑顔を見て自分も幸せに」の心は菩薩に通じる素晴らしい心が根底にあるのだな~と思った。

江戸時代以前、経済的にゆとりがなかった。

だから皆質素な恰好をしていたと考えられます。

派手になるのは江戸時代に入ってから。

派手になった理由

「町文化の発達」が挙げられる。

古くから派手に着飾ることができたのは、主に貴族など特権階級の女性たちでした。

庶民に浸透したのは江戸時代。

それまでの戦国時代と違って争いごともおさまってきている。

世の中が安定。

江戸時代は商業が発達して経済力を見につけた人々が中心となって「町人文化」が誕生してくるという。

そこで誕生したのが「元禄時代」。

生活にゆとりができた町人たちが作り上げた華やかさが特徴の文化。

この時代に町人たちが息抜きに、楽しんでいた歌舞伎や浮世絵などが、やがて流行の発信源になっていく。

歌舞伎役者の着物、髪形、化粧を取り入れたい、ファッションリーダーたちを町人がまねた。

憧れの役者たちのファッションをまねするようになった町人たちは、特に女性たちの着物の派手さが目立つようになる。

大きな花柄をあしらった着物や色とりどりの細かい柄の着物などかなり派手。

自由におしゃれを楽しむようになっていった。

しかし、江戸幕府のある政策によって自由な風潮が一変してしまいます。

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天保の改革

12代将軍徳川家慶の時に行われた経済政策。

江戸幕府は倹約令を実施。

ぜいたく品は取締りの対象に、その結果日本の女性たちは一気に派手な身なりから質素な身なりになった。

唯一変わらなかった町が、それが「大坂」。

「天下の台所」と呼ばれる物流の中心地で、圧倒的に町人たちの勢いがあった大坂。

町人というのは自分のお金で町を動かしているという自負を持っていた。

権力に対する反骨心から大坂の女性たちは、派手な格好をやめようとしなかった。

着物の表に派手な模様がダメなら、裏に派手な模様をつけたり、下着も凝ったものをつけるなど目の届かない所で派手な格好を続けていた。

お上の目をうまくかわしていた。

だからこそ大坂女性が好んだ華やかさ派手さという歴史が引き続いていったというふうに言える。

目立ちたいと自己主張とかそういう理由もあるでしょうけど、大阪のおばちゃんっていうのは、人を喜ばせたい。

コミュニケーションが広がっていく。

楽しませて笑顔に、その笑顔を見て自分も幸せに。

ということで・・・

なんで大阪のおばちゃんは派手なの?・・・

将軍様のいうことを聞かなかったから~


  

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