たこあげはなぜ「たこ」?|チコちゃんより

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たこあげはなぜ「たこ」?

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かし、チコちゃんは知っています。

イカが禁止されたから~

実はたこあげのたこは昔はいか・いかのぼりと呼ばれていたんです。

たこの記憶は期限前4世紀ごろの中国で使われていた紙薦(しえん)。

戦いで遠くの味方に合図を送る目的で使用。

怪しまれないよう野鳥に似せた形。

その後平安時代に日本に伝わった紙薦は、魔物や病気などが風に乗ってくるのを追い払う「厄払い」の道具として使われます。

それが転じて縁起物になり全国に広まって、月日とともにさまざまな形のものが生まれました。

江戸では空中でバランスを取れるようにするため、数本の長い紙や糸のついたものが多く使われるようになります。

ヒラヒラと足のようなものがついていたこのかたちが、あたかも海のイカのように見えたわけですね。

だから江戸時代にはこれを「いか」あるいは「紙鳶(いかのぼり)」と呼んでしました。

そしてそれが大流行したんです。

江戸時代「いかのぼり」は子どもだけでなく、大人の遊びとして楽しまれました。

正月に限らず日常的な娯楽。

大ブームだったいかのぼりですが、これが原因でさまざまなトラブルも起こりました。

江戸では大問題となり、これがきっかけで「たこ」が生まれたんです。

大ブームのいかのぼりは上空で接触。

それが原因でケンカが多発。

更に落下した「いかのぼり」が当たりけが人や死者が出る事態に。

当時の社会問題になっていました。

さらに…。

正保3年3月25日、火のついた「いかのぼり」が江戸城に落下。

テロなのか事故なのかは分かりませんが、大事には至らず、結局犯人も分からずじまい。

この事態に江戸幕府は黙っていなかった。

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江戸幕府は町奉行を通じて「いかのぼり禁止令」を発令したのです。

しかし、いかが禁止だったら「たこ」をあげてしまえばいんだと、江戸の庶民たちは「へりくつ」を思いついた。

へりくつが生まれたたこ・たこのぼり。

同じように流行することになりました。

しかしたこになっても、もめ事は同じように起こり、明暦2年「たこのぼり禁止令」を発令。

いかのぼり禁止令の10年後、たこのぼり禁止令が発令されました。

この禁止令を庶民は無視し続けます。

江戸時代ではさまざまな禁止令があったため、奉行は多少のことには目をつぶっていたそうです。

年中楽しまれていた「たこあげ」がお正月には家内安全、商売繁盛を祈願してあげられ、その習慣が現在も残っていると考えられます。

  

ということで・・・
たこあげはなぜ「たこ」?

イカが禁止されたから~


  

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